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神戸地方裁判所 昭和43年(ヨ)264号 判決 1969年9月12日

債権者 株式会社ユーハイム

債務者 株式会社ユーハイム・コンフェクト

主文

債権者の申請を棄却する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、債権者の求める裁判

1.債務者はその販売する洋菓子用の包装紙及び別紙表(一)記載のものに商号及び商標を表示するに「ユーハイム」と「コンフエクト」とをそれぞれ異なる大きさの文字を使用して表示してはならない。

2.訴訟費用は債務者の負担とする。

二、債務者の求める裁判

主文同旨の判決

第二、当事者の主張

一、申請の理由

1.債権者は昭和二五年一月三一日株式会社ユーハイム商店を設立登記し、その後、商号を変更し、現に「株式会社ユーハイム」をその商号として登記使用し、又、昭和二六年六月一四日登録番号第三九九五八八号、指定商品第四三類(菓子及び麺類」の「Juchheim'立登記し、その後、債務者肩書地に本店を移し、右の従前の本店を支店とし、現に右商号及び「株式会社ユーハイムコンフエクト」なる商標を使用して、洋菓子の製造販売を業としているものである。

2.債務者は営業を始めると、債権者の登録商標「Juchheim'看板等に擅に模造使用したので、債権者は昭和二六年一〇月五日当庁に商標禁止の仮処分(昭和二六年(ヨ)第三九八号)を申請して決定を受け、更に債務者に対し、その製造販売にかかる菓子類およびその容器、包装紙等並びにその営業に用いる看板等に商標として「ユーハイム」なる名称を使用してはならないとの趣旨の訴(当庁昭和二六年(ワ)第九五二号)及び債務者はその商号に「ユーハイム」なる文字を使用してはならない。神戸地方法務局受付第八七一一三号の「株式会社ユーハイム・コンフエクト」という債務者の商号の抹消登記手続をなせとの訴(当庁昭和二六年(ワ)第九五三号)を提起した。

その後、右訴訟係属中の昭和三〇年四月二三日債権者と債務者間に概略左記の如き裁判上の和解が成立した。

(一)  債権者は債務者がユーハイム・コンフエクトなる商号及び片仮名文字の「ユーハイム・コンフエクト」並びにローマ字による別紙表(二)記載書体の商標の使用を認めること。

(二)  債務者は(一)項以外の商標、特に別紙表(二)の債権者の商標と同一又は類似の商標を使用しないこと。

3.債権者が債務者に株式会社ユーハイム・コンフエクトなる商号及び片仮名文字の「ユーハイム・コンフエクト」並びにローマ字によるYŪなりと主張したので、「ユーハイム」に「コンフエクト」を付加し、一体不可分に使用する限り、債権者の商号及び商標は明確に判別され、一般顧客は勿論、取引業者間においても混同することはないと考えたうえでのことであつて、従つて、和解においても、債務者は債権者の商標と同一又は類似の商標を使用しないことを明記したのである。和解条項においては、「ユーハイム・コンフエクト」なる商号及び商標の使用について字の大きさの割合は約定されていないが、しかし、ローマ字のYŪ

4.しかるに、債務者は右和解成立後六ケ月を経ずして、

(一)  神戸市生田区三宮町二丁目三二番地の一の支店において

イ、店舗正面の壁面に横書にて「ユーハイム」と大字で書き、其の右下にこれより約四分の一位も小さな字で「コンフエクト」と小書し、

ロ、店舗の看板にも「ユーハイム」と大字で、これより二分の一又は三分の一位小さな細字で「コンフエクト」と小書し、

ハ、右店舗附近の電柱の広告板にも、「ユーハイム」と大書し、「コンフエクト」と小書し、

(二)  同市生田区三宮町二丁目一番地の支店においては正面の階上の横看板及び立看板にも夫々「ユーハイム」と大書し、「コンフエクト」と小書し、

(三)  菓子糖のレツテル及びカードには横書にて「ユーハイム」と表示し、これより四分の一位も小さな細字で「ユーハイム」の直下より「コンフエクト」と二行に小書し、

(四)  その他、ナフキン、セロフアン、マツチ、包装紙、シール、パンフレツト、カツプケース、プライスカード、郵便はがき、チラシ、案内状、その他従業員の名刺に至るまで全て「ユーハイム」と大書し、「コンフエクト」を右下又は行をかえて小書している。

そして近年各デパート、名店街、地下街にと店舗がふえるにつれて、債権者の再三にわたる内容証明郵便による警告にもかかわらず、右に述べたような一連の行為を広めていつており、右の行為は故意に債権者の商号又は商標に類似混同せしめる企図の下に使用しているものである。

5.債権者と債務者との混同誤認の例として、

(一)  昭和四二年一二月大阪国税局合同庁舎地下売店においてクリスマスケーキの予約注文を大特商事株式会社がなすにあたり、債権者のケーキではないのにその案内書、看板、広告文に「ユーハイム」の洋菓子である旨表示して販売されていた。債権者は右大特商事に警告を発したところ、ユーハイムコンフエクトを「ユーハイム」と誤認した旨の返事であつた。

(二)  同四三年一月六日債権者代表者エリーゼ・ユーハイム宛に、右エリーゼ・ユーハイムを債務者の代表者として債務者の支店を住所にして、商品である「バームクーヘン」に対する注意の投書があつた。債権者従業員が投書の差出人の所を訪れ、その商品をみると、債務者製造のものであることが判明した。

(三)  本件申請申立後においても三菱銀行神戸支店は債務者の小切手を債権者の口座より落している。

(四)  阪急百貨店は大阪、神戸両店においても債務者を表示するに単に「ユーハイム」と表示していた。しかも長らく放置して債権者から警告してはじめて書き直した。

6.債務者の前記行為は、前記和解条項に違反し、債権者の商号および商標を侵害し、又債権者の前記商号および商標中の「ユーハイム」という名称が債権者の商品および営業を表示し、それは少なくとも神戸市内においては広く認識されているにもかかわらず、債権者のものと類似する「ユーハイムコンフエクト」なる商号および商標をしかも「コンフエクト」部分を小さく債務者が表示するのは不正競争防止法一条一、二号に該当するので、債権者は本案訴訟提起の準備中である。

7.債務者の行為によつて債権者の商品、営業上の施設及び活動と混同を生ぜしめており、この結果取引の混乱および顧客の混乱が一層増大しており、このまま債務者の行為を放置すれば、債権者の営業上の利益は著じるしく損害を蒙ることになるのでこれを避けるため、前記趣旨の仮処分を求める必要性がある。

二、債務者の答弁

1.申請の理由第1項はすべて認める。

2.同第2項について

債権者が昭和二六年(ヨ)第三九八号仮処分申請の決定をうけ、更に当庁昭和二六年(ワ)第九五二、九五三号の各事件の訴を提起したこと、同三〇年四月二三日、債権者債務者間に債権者主張のような内容の和解が成立したことを認め、その余は否認する。

3.同第3項について

和解条項においても、債務者は債権者の別紙表(二)記載の商標と同一又は類似の商標を使用しないことを明記したことのみ認め、その余は争う。

債務者のユーハイム・コンフエクトの表示方式は和解成立前の昭和二五、六年頃より、債権者と区別するため、ユーハイムに附帯して、やや小さく、或いは二行に分けてコンフエクトと添えて使用しており、この使用状況を前提とし、当時債権者は「ユーハイム商店」と債務者は「ユーハイムコンフエクト」と称していたので、相互にユーハイムの商号商標を認めても「商店」と「コンフエクト」とによりその主体は明確に区別されることが了解されたので、文字の大きさに触れることなく和解をしたのである。従つて、債務者の行為は何ら債権者主張の如き意図によるものではない。

4.同第4項について

(一)イ、ロ、ハ、(二)(三)(四)は認める。(但、「ユーハイム」の字と「コンフエクト」の字の大きさの割合は争う)。その余はすべて争う。

5.同第5項について

すべて不知。

6.同第6項について

すべて否認する。

第三、疎明関係<省略>

理由

一、申請の理由第1項は当事者間に争いがない。

二、和解違反の主張について

債権者債務者間に昭和三〇年四月二三日債権者主張のような裁判上の和解が成立したことは当事者間に争いがなく、又、債務者が「ユーハイムコンフエクト」なる商号および商標を使用するについて、右和解には「ユーハイム」と「コンフエクト」の文字の大きさについて、異なる大きさの文字で表示することを禁じたり、その他表示方法を制限する旨の明文の条項のないことは債権者の自認するところであり、さらに、右裁判上の和解外において当事者間に「ユーハイムコンフエクト」の表示方法について特約があつたと認めるに足る疎明もない。

そこで、以下に本件裁判上の和解が債権者主張のように、債務者が「ユーハイムコンフエクト」なる商号、商標を表示するにあたり、「ユーハイム」と「コンフエクト」を異なる大きさの文字で表示することを禁ずる趣旨のものであるか否かにつき検討する。

債務者が株式会社ユーハイムコンフエクトなる商号で営業を開始しユーハイムコンフエクトなる商標を使用したので、債権者は昭和二六年一〇月五日当庁に商標禁止の仮処分(同年(ヨ)第三九八号)を申請して決定を受けたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない疎甲第二八号証の一によれば、右決定には「ユーハイム」と発音できる文字による商標を債務者が使用することを禁ずる旨の命令があるところ、成立に争いのない甲第二八号証の一、乙第一八号証、債務者代表者西義弘の本人尋問の結果によれば、債務者は前記「ユーハイムコンフエクト」なる商号で営業を始めてから右仮処分決定を受けるまでに、既にその使用する包装紙、看板、菓子容器等に自己の商号、商標を表示するにあたり、「ユーハイム」と「コンフエクト」の文字の大きさを前者にくらべ後者を小さく表示する方法をとつていたことが認められ、債務者代表者西義弘の本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第五号証および右本人尋問の結果によれば、前記仮処分以降本件和解に至るまでの間においても、債務者はその商号および商標を表示するにあたり、前同様「ユーハイム」と「コンフエクト」の文字の大きさを前者にくらべ後者を小さく表示する方法をとつていたことが各認められる。

さらに、債権者より債務者に対し、右仮処分の本案訴訟として当庁昭和二六年(ワ)第九五二、九五三号事件が提起されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証によれば、右の昭和二六年(ワ)第九五三号事件において、債権者は、債務者が、債権者の商号である「ユーハイム」に類似する「ユーハイムコンフエクト」なる商号を使用し、かつ、「洋菓子ユーハイム」と掲げてきた看板の一つに小さく「コンフエクト」と挿入したり、「ユーハイム」と「コンフエクト」を二段に表示するのは不正競争の意図あるものと主張していることが認められる。

右認定の事実によれば、債務者は和解に至るまでの間、前認定のような行為をし、債権者においても債務者の右の行為を知悉し、これを問題としてとりあげているにもかかわらず、前記の如く、本件裁判上の和解の各条項において、債務者の商号および商標の表示方法につき、「ユーハイム」と「コンフエクト」の文字の大きさについて何ら触れることがなかつたことを考え合せると、前記裁判上の和解の条項は、商号については、債務者が単に「ユーハイム」の名称を使用することは禁ずるが、「ユーハイムコンフエクト」の名称を使用することはこれを許した点に、商標については、債務者に対し、債権者の使用している「ユーハイム」なる名称及びドイツ語花文字「Juchh-cim′s」の商標の使用を禁じた点に主眼があり、債務者の「ユーハイムコンフエクト」の商号および商標のいずれについても、その表示方法につき、「ユーハイム」部分と「コンフエクト」部分の文字の大きさには何ら制限をつけなかつたものと解するのが相当であり、債権者の主張に符合する証人川見公直の証言は前記認定の事実に照らして措信しがたい。

しかしながら、もとより債権者が債務者に「ユーハイムコンフエクト」なる商号および商標の使用を許したのは、債権者と債務者の営業主体について、一般顧客ならびに取引業者等において識別出来ることが前提であるから、債務者において「ユーハイムコンフエクト」を表示するについては、「コンフエクト」の文字部分を社会通念上判読出来る程度の大きさに表示すべき制約はあるものといわざるを得ない。

ところで、債務者が「ユーハイムコンフエクト」なる商号および商標を表示するにあたり、「ユーハイム」と「コンフエクト」の文字の大きさの割合は別として、債権者が申請の理由4項の(一)ないし(四)で主張するような表示方法を採つたことは当事者間に争いがなく、証人吉野庄三の証言により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一ないし二一、同田中武久の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証の一ないし八、同大柿五郎の証言により真正に成立したものと認められる同号証の九ないし四一によれば、債務者の「ユーハイムコンフエクト」の表示における「ユーハイム」と「コンフエクト」の文字の大きさは、一般人が通常一見してコンフエクトと記載されていることが判断出来る程度のものであることが認められる。

以上認定の事実によれば、債務者の行為は、和解条項に違反するものということはできない。

したがつて債務者は債権者の商号および商標を侵害しているものということはできない。

三、不正競争防止法違反の主張について

不正競争防止法は、競争秩序における反良俗的行為を防止することにより、公正な競業秩序を維持し、原則として、公益と私益を保護しようとするものである。

しかしながら、個々の規定によつては、保護の重点に軽重があり、なかには私益の保護をとおして間接的に公益を保護しようとするものもあり、このような規定の場合には、被害者の承諾は違法性を阻却するものと解するのが相当である。

ところで、同法一条一号、二号は、主として周知表示の使用者を保護しようとするものであるから、使用者の使用許諾は違法性を阻却するものと解せられる。

ところで、債権者は債務者に対し、前記認定の如く、「ユーハイムコンフエクト」なる商号および商標の使用をその表示方法につき裁判上の和解において特別の制約を設けることなく許容したのであるから、前示社会通念に反する方法で「コンフエクト」部分の表示をするのでない以上、仮りに債権者の商号および商標に周知性があり、又債務者の商号および商標が債権者のものと類似性があり、その結果、現実に債権者が申請の理由5項で主張するような債権者と債務者の商品および営業上の施設又は活動について混同誤認の事実があつたとしてもやむをえないことであり、債務者の行為は違法性を欠き、何ら違法となるものではない。

よつて、債務者の行為は不正競争防止法一条一号、二号、に該当するものではない。

四、結局、債権者主張の被保全権利はいずれも疎明なきに帰するので、その余の判断をするまでもなく、本件申請は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 関護 小川正澄 瀧川義道)

別紙表(一)

一、パンフレツト

一、洋菓子外箱

一、ラベル、ナフキン

一、シール

一、マツチ

一、ケーキ・カツプケース

一、プライスカード

一、郵便はがき

一、案内状、チラシ

一、カード、名刺

一、店舗の看板、シヨーウインドウ

別紙表(二)

債権者の商標

債務者の商標

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